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先生はこんな人

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藤沼 啓二

Keiji Fujinuma

1970年8月17日生まれ

これまでのこと

生まれも育ちも茨城県です。やりたいことも自信のあることもほとんど無いまま高校生までを過ごしました。名古屋の大学へ進学し、それをきっかけに興味のあったドラムを始めました。音楽サークルに入部しいつでもドラムを叩ける環境を手に入れたため、一日のほとんどを部室で過ごしドラムにのめり込みます。次第に上達していくと自信がつきサークル内のバンドでは満足できず、ライブハウスで活躍中のバンドに加入。そこでライブツアーやレコード会社のオーディション参加などを経験して完全プロ志向となります。大学を卒業した後、個人としての成長を目指し単身上京。右も左も分からぬまま幾つものバンドを掛け持ちしました。そこで様々な音楽スタイルを経験し、たくさんの人と出会い小さな挫折と成功をたくさん味わいました。

その時の仲間が音楽事務所に所属することとなり、本人から誘いを受けます。事務所を訪れた際に、別のメジャーアーティストのレコーディングのオファーを受けます。無我夢中でレコーディングをし、そのまま全国ツアーにも参加させてもらい、大きな喜びと幸福感、戸惑いと悔しさを味わいながら大きく成長させてもらいました。現在もこうしてドラムが叩けているのはこの経験のおかげです。私が歌ものポップスの仕事が多いのは、やはり「好き」だから。ソウルやファンクのグルーヴが大好きですが、歌の起伏に呼応するポップスのアレンジが好きで、歌心を感じるミュージシャンのプレイに心惹かれるからだと思います。プレイヤーの個性は、その人の好みに起因します。当然ですよね。いつまでも音楽に魅了され、新しいものも古いものも吸収し、ますます自分らしさを強く持つプレイヤーになりたいと思っています。

教えること

音楽サークルに入った時先輩から、スティックの持ち方、振り方、右手のダウンアップを教えてもらいました。多分ざっくりと。完全初心者だったから逆に、一人でそれらをしっかり練習し噛み砕き応用することを考えました。当時、奏法の情報などは教則本くらいしかなく、それらを研究しながら自己流でやっていました。プロ志向となり大学を卒業すると、このままじゃ成長できないと感じ先生に習いに行きます。一年弱ではありましたが足りない技術の他に、心や人間的な部分での成長、仕事をしていく心構えなど多くを教えていただきました。その後上京。プロになるつもりで上京したのですが、なんとまだその時ダブルストロークも速い足のダブルも出来なかったんです。今思うと笑ってしまいますが。それじゃまずいので、雑誌で見つけた先生にダブルストロークを教えてもらいに行きました。コツみたいなものは教えてもらえずひたすら振っていましたが三ヶ月くらいで突然コツが掴めて、すると足もこんなイメージなのかなと気がつき、工夫をして練習していくと見事に壁を突破できました。この時、上達するための考え方や基礎ができたと思います。そこからは自分一人で工夫を重ねて実力を上げていきました。

自分自身が少ない情報を出来るだけかき集めて、理屈を紐解き、出来る様になるための道筋を考えて、工夫を練習してきました。その経験があったので、後輩ドラマーから教えて欲しいと頼まれた時に色々アドバイスをすることができました。それぞれ個人に合った伝え方や練習方法などの知識はありませんでしたが、教えるということの楽しさと難しさを深く知りました。

そこから25年、講師として活動し続けています。​もちろん工夫を重ね試行錯誤を繰り返しながら。

長くドラムを続けられているのは、やはり好きになれたから。情熱を持ち続けられたのは、考え抜いて練習すると必ず壁を越えられたから。それが楽しいし、何より音楽を演奏することが楽しいから。音楽を通じて多くの方々と出会い、多くの経験をしたことで、自分の人生が豊かになったと感じられるから。

楽しければ続けられます。続ければ上手くなり、さらに楽しくなります。

​さあ、一緒に楽しみましょう!!

2021年10月 藤沼啓二

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